【CoachingWorld】コーチング空間の難しさ:倫理を超えて

コーチングワールド ICFでは年に4回、コーチングワールド(CW)という情報誌をオンラインとpdfで発行しています。オンライン版であれば、会員でなくとも、誰でも自由に閲覧することができます。

ICF日本支部では、翻訳ボランティア会員の協力を得て、このコーチングワールドの記事をピックアップして日本語に翻訳し、日本の皆様に世界のコーチング状況をお伝えして参ります。これは将来的には会員専用コンテンツになる予定です。こうした活動を御支援いただくために、是非、御入会を御検討ください

今回は、2016年8月号から、牧野内正雪氏に翻訳いただきました『コーチング空間の難しさ:倫理を超えて』の記事を御紹介します。


コーチング空間の難しさ:倫理を超えて
コーチング空間の難しさ:倫理を超えて

シチュエーションはこうだ:とあるエグセクティブ・クライアントとのコーチングの対話である。クライアントは既婚者、男性、最高責任者レベルの経営幹部。コーチとのコーチングを9ヶ月行った頃、”別のテーマについて”対話をしたいと申し出てきた。現在とてもストレスがかかっているシチュエーションであり、それは彼曰く”時間のマネジメントに関する”ことだと言う。そして彼は、男性の同僚と性的関係を持ったと告白した。今日はそれについてのセッションを望んでいるというのだ。

私は、上記のようなシナリオを”実際に自分に起きたこと”として、数々の倫理のトレーニングセッションで提示して来た。これに対して皆、コーチングの方向性や、将来的に生じるかもしれない問題やそれによりコーチング関係が終わってしまう可能性について思案し、いくつもの懸念を口にする人もいれば、肩をすくめるのがやっとな人もいた。どうしてそうなるのだろうか?

私たちが同じ倫理観の中でコーチングを行うとき、異なる価値観、信念、人生経験が、文化や法規と混ざり合って、無限のパターンの結果を生み出している。このコラムでは、3つの変数の相互作用について考えてみたい。

倫理:我々が守るべきいくつかの規範の一つ
まずは、コーチング空間における、倫理、モラル(道義)、法の違いと概要に注目してみよう。

  • 倫理は、”人間、またはそのグループの行動を司るモラルの原則”と定義されている。倫理は多くの場合、合意によって形成される。人のグループはそれぞれ、自らを律するために自分たちで倫理的な基準を作り出す。(例えば、コーチ、公認会計士、セラピスト、弁護士たちはそれぞれの倫理的基準を作っている)
  • モラル(道義)は”行いが、正しいか間違っているか、良いか悪いか、を区別する原理”、もしくは”特定の価値体系…特に、特定の人、あるいは社会が持つもの”であると定義される。モラルは、価値を基準としている。言い換えれば、モラルは我々に”何が私/我々にとって本当か/正しいか/良いものであるか?”を問うことを要求する。私の信じることは、宗教的なトレーニング、もしくは個人的な経験から生じている。
  • 法は、”法と調和する状態、あるいは質であるかどうか”である。法は社会的な合意である。我々にとって何が禁止されており、何が罰されるかである。

気をつけておくべきことは、多くの意思決定や行動が、ある規範では問題なく受けいられたり、別の規範では受けいられないことがあるということだ。更に、文化的な概念によるこれら3つの規範は、それが正しく見えるか見えないかなどによっても変わってくる。例えば:

  • ビジネス上、契約のクロージングのために賄賂や物を贈ることはある場所では違法であり、また別の場所では習慣として行われている。良いこと、人のために行われたことであれば倫理的であると見なされることもあれば、当たり前の慣習となっている行いでもモラルに反すると見られてしまうこともある。
  • 同僚とのデートは、法的、モラル的には何の問題もないが、会社の倫理ポリシーに違反することがある。また、もしそのデートの相手が、同じ命令系統に属する相手とのものであれば、法的な含みも出てくる。あなたが既婚者でありながら同僚とデートしていた場合には、倫理的、あるいはモラル的に物議をかもすことになるだろう。

同じ行動、違う視点
ICFの倫理規定は、差別(第1節、4項)についても言及している。ならば、もし私がゲイのクライアントとのコーチング関係を終了したら、それは差別ではないだろうか?
しかし、もし私がモラル的に同性の性的関係に反対であった場合はどうだろう? そこでコーチングを続けたなら、私は利益相反(第1節、8項/第2節、13項)の状況を作り出していないだろうか? 自己または他人に危険が差し迫っているかそれに近い状況(第4節、26項)について配慮する義務については? 彼自身が職を失う可能性が”危険”であるとするなら、私はそれをクライアントに伝えるべきだろうか? 彼の婚姻に関しては? 信頼関係の喪失? そしてそれは誰にとっての危険性だろう?-私のものか、クライアントのものか?

このシチュエーションにあった時、私はクライアントと彼自身の望む結果にフォーカスすることにした:彼の個人的な時間を、もっと彼の恋人と使えるようにするためにどうバランスをとっていくか。彼自身と、他の人たちの安全性についての倫理的な懸念から、法的な問題がないか聞いていった(その結果、可能性のある問題点はなかった)。私の価値観は世の中のひとつのものの見方でしかないが、その私のモラル感覚がコーチングを続けることを選択できたことに満足していた。後に、彼が自分自身の性的自認や能力について悩んでいたこと、コーチングでの安全性は彼にとってきわめて価値のあるものであったことを知った。

あなたには、このシナリオで”正しい”か”間違っているか”でものごとを判断する以上のことを学んで欲しい。私がこのシチュエーションを好んでいるのは、我々の倫理的実践についてのアプローチが十分であるのかに挑戦するものであるからだ。モラルや法の視点は我々の周りで常に変化していくが、それでも私たちは新しいシチュエーション、新しい挑戦に挑んでいかなくてはならないのだから。


著者情報
ジム・スミス、PCC
ジムはアメリカ合衆国をメインに活躍する、エグゼクティブ、ライフビジョン、およびエンハンスメントコーチであり、国際的なスピーカー、 著者、チェンジ・ストラテジストでもある。国際コーチ連盟のクリーブランド支部の創設者である彼は、現在は支部の倫理関連の連絡調整役を担っている。彼については、jim@theexecutivehappinesscoach.comへ。

【翻訳 牧野内正雪】
Originally written in English by Jim Smith, PCC
Coaching World, Issue 19 Augst 2016 p14-15 Complexity in the Coaching Space: It’s Far More Than Ethics
http://icfcoachingworld.com